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【連載】哲学×ビジネスの今

第一回:今、「哲学コンサルティング」が必要だ──ビジネスにおける哲学の可能性とは

哲学とビジネスは、水と油のような関係だと想像する方もいるだろう。一般に、ビジネスが現実的・合理的な方法で利益を追求する一方で、哲学は現実離れした机上の空論を展開する、という印象がある。しかし、現在、そんな哲学への関心が高まるとともに、哲学をビジネスシーンで活用する動きが顕著になってきている。本記事の読者の中にも、哲学に惹かれている方や、「哲学は、私たちの生を豊かにするものなのでは?」と期待感を抱いている方は多いだろう。私自身、「哲学コンサルタント」としてビジネスパーソンとかかわる中で、そうした考えをもつ方が一定数いることを確信するようになった。

本記事は四回連載で、現在欧米を中心として、本邦でも導入され始めている「哲学コンサルティング」の魅力をお伝えする。第一回はその概要を簡単にスケッチしてみたい。

現代のビジネスシーンで期待される、哲学の役割とは?

6月8日付『週刊ダイヤモンド』でも書いたように、米GoogleやAppleでフルタイムの「企業専属哲学者」が雇用されたことは、世界中を驚嘆させた。しかし、実は、グローバル世界を牽引するような最大手企業では、哲学者が力を発揮し、貢献できる場面が数多く存在する。

現代社会の特徴を考えてみると、グローバル化が進む中、多種多様な価値観が林立していることや、AIをはじめとする科学技術の進歩が、新たな倫理的問題を生み出していることなどが挙げられるだろう。そのような中、企業には、データにもとづく分析のみでは解決できない「答えのない問い」に向き合うこと、そして、自社の「世界観」を積極的に打ち出していくことが求められている。そこではまさに、特定の事実や数値、データに依拠しない、哲学者の洞察が役に立つのである。

ニューヨーク市立大で哲学を教え、自身も哲学コンサルタントとして活躍するL.マリノフ氏も、次のように述べている。哲学コンサルタントは、「クライアントがビジネスにおける新しい観点やインサイトを得られるよう、『問い』を投げかける」。この「問い」を武器にして、哲学者は、企業理念や社員の動機付け、組織内コンフリクトの調停、ガバナンスやマネジメントの問題等に切り込んでいく。マリノフ氏はこう続ける。「哲学者が行うことの多くは、リフレクションをする空間を創り出すということである」。哲学的な探求の過程では、純粋に「本当のこと」が追究され、現状維持よりも変容することに重きがおかれる。そこで、哲学は特定のフレームワークに縛られがちな組織に、フレッシュで予想外の観点を持ち込むことができるのだ。

哲学的態度を提供する哲学コンサルティング

こうしたコンサルティングにおいて、哲学者は「哲学の知識」だけではなく、「哲学的な態度」をクライアントに提供する。「哲学的な思考法」といってもいいかもしれない。これには、現在本邦でも話題を呼んでいる、「哲学対話」や「ソクラティク・ダイアログ」、「哲学シンキング®」といったワークショップも有効だ。

社員研修として行う場合、批判的思考や論理的思考の涵養になるのはもちろんのこと、普段はできないタイプの思考や対話を通して、社員同士、あるいは社員と役員の相互理解が深まるという効果も期待される。オランダでは「ニュー・トリヴュウム」という組織がこうした哲学ワークショップを中心的な事業として展開しているが、そのクライアントは、「参加者の(普段はわからない)個人的な価値観や規範を知ることができた」、「隣に座っている社員の意見や考え方に注意を払うようになった」と、対話の成果を語っている。

哲学コンサルティングは、欧米では既に一定の広がりを見せており、GoogleやAppleといった最大手企業に追随して取り入れる例が増えている。導入する仕方としては、コンサルタントとして大学教員を招聘したり、哲学者をフルタイムで雇ったりするほか、哲学コンサルティング企業にその都度相談する、哲学の学位を持った個人事業主に依頼するなど、様々な形態があるようだ。本邦でも、哲学を事業内容にしたクロス・フィロソフィーズ株式会社が2017年5月に設立されている。

無限に広がる、「ビジネス×哲学」の可能性

哲学コンサルタントは、もちろん「哲学の知識」をクライアントに提供することもできる。企業のミッション・経営理念を共に考え、しっかりとした含蓄ある言葉に落とし込んでいく。必要な場合には、基本方針や理念の変更を迫っていく。哲学研究者が蓄積してきた緻密な研究成果を土台として、経営理念が根拠づけられ、学問的な裏付けを得ていく。また、哲学の専門知と方法論を通じて、いわゆる「社長の哲学」、「経営者の哲学」として世間に紹介されてきた格言集や啓発本に書かれていることを、より精緻で説得力のあるものへと高めることも可能だろう。

アメリカの伝説的な投資家ビル・ミラーは、大学院で哲学を研究し、ビジネス界で大成功を収めた者の一人だ。彼が、母校の哲学科に約80億円にも及ぶ寄付をしたことは、哲学業界だけでなくビジネス界にも衝撃を与えた。しかし彼は、哲学を学び・研究することで身につけた分析能力や心の習慣が、まさに自分のビジネスの成功に寄与していると確信する。──ビジネスを行う上で哲学がもつ可能性は、今後、想像以上に広がっていくはずだ。

──次回の第二回記事では、哲学コンサルティングのより具体的内容と方法論についてお伝えする。