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【連載】哲学×ビジネスの今

第四回:哲学コンサルティングの成果──哲学的思考と対話が、ビジネスパーソンを変革する  

今回は、前回に引き続き、海外における哲学コンサルティングの広がりを概観する。連載最終回となる本記事では、哲学的思考や対話が、現場の社員や職場にどのような影響を与えているか見ていきたい。

ビジネスパーソンを根本から変革
哲学的思考が問う「より良い生」

A. タガートは、アメリカを拠点に活躍する哲学コンサルタントの一人だ。アメリカでは「アメリカ哲学プラクティス協会」によって、「哲学プラクティショナー」が認定されており、数百人に及ぶ哲学カウンセラーやコンサルタントが活躍している。彼は、2010年に事業を立ち上げ、アメリカだけでなく、ヨーロッパやカナダ、中央アメリカなどでもクライアント・コンサルティングを行っている。

アメリカの経済メディアQUALZ の取材で、彼は、活動を通してクライアントに「自分の信念を注意深く反省するよう促す」のだと述べている。哲学カウンセラー・コンサルタントは、心理学者のカウンセリングやセラピーと異なり、「理性と論理を通して、自分の人生にまつわる幻想を特定し、それを消し去ることにフォーカスする」。また、タガートは、「哲学するという生き方」をクライアントに勧めており、「自分自身と世界についてクリアに、辛抱強く考えるよう仕向ける」と語っている。

タガートの哲学コンサルティングで興味深い点は、クライアントのワーク・ライフ双方に影響を及ぼすことだ。論理的・理性的な思考を鍛えられた人は、もちろん、「マーケットにおいて有効なものを見通す」力を養い、ビジネスの領域で発揮していく。しかし、それだけでなく、自身の生き方や人生全体を見つめなおし、問い、再構築していくのだ。タガートのクライアントには、キャリアや自らの性的指向を変えた人までいる。

クライアントの一人は、タガートの哲学的な数々の質問が「極めてうっとおしい」ものだったと振り返る一方で、自分が直視せずにきた問題と向き合うことができた、と語っている。対話を通じて、生活の中の余計なものをそぎ落とし、本当に目を向けるべきものに気づくことができたそうだ。

哲学コンサルティングは、ビジネスの枠内にとどまらず、「生きること」全体に影響していく。現場の社員一人ひとりが、自分らしくより良い生を送ることは、職場にポジティブな雰囲気をもたらすことや、会社の安定にもつながっていくのではないだろうか。

哲学的な対話を通して
真の「チーム力」が育つ

ここまで、主にアメリカの事例を見てきたが、哲学コンサルティングはヨーロッパでも広がりを見せている。特にオランダでは、「ソクラティク・ダイアログ」と呼ばれる手法を軸としたコンサルティングや社員研修が注目されている。

P. ハーテロー氏は、2007年に「エラスムス・インスティテュート」を創始し、既に紹介したような「問い」を中心とするコンサルティングのほか、ソクラティク・ダイアローグ、哲学ウォークといった実践を展開している人物だ。

「哲学ウォーク(哲学散歩)」は、哲学対話の一種で、様々な場所を歩きながら哲学的な思索を巡らせ、参加者同士が対話し、アイデアを交換し合う試みだ。エラスムス・インスティテュートでは、この哲学ウォークを、第二次世界大戦の史跡であるロッテルダムという町で実施している。訪れる場所ごとに哲学者のテキストの断片を読み、思索を深めているそうだ。

また、オランダでは、「ソクラティク・ダイアログ」を哲学コンサルティングの一環として活用する企業が少なくない。J. ケッセルズ氏らによって創始された「ニュー・トリヴュウム」は、ソクラティク・ダイアログなどの哲学的対話や、思考のファシリテートを行う組織だ。

ソクラティク・ダイアログは、数ある哲学的対話の中でも、特に厳密な探究と合意形成によって進められる。その確固としたメソッドと一定の成果を目指す実践指向を土台に、チームビルディングやコンセプトメイキングのほか、慎重な意思決定や合意形成、社員間コミュニケーションの明瞭化、組織における関心の共有、他者からのインスピレーションの獲得、哲学的、批判的、創造的思考の醸成といった様々な目的で行われている。

ニュー・トリヴュウムのクライアントは、「アジェンダが機械的に進行されるマネジメント会議のような場ではまず行き当らないような、個人的な規範や価値に触れられた」、「隣にいる人の意見や考えにより注意を払うようになった」などの成果を挙げている。筆者も様々な企業で哲学対話を実施してきたが、こうした反応はめずらしくない。哲学的思考や対話の実践は、もちろんコンセプトメイキングやアイデアワーク、問題解決としても効果を発揮する。しかし、お互いの価値観にあらためて向き合ったり、それらを分かち合ったりする経験は、職場環境の改善やコミュニケーション改善にも寄与するのだ。

──本連載では、4回にわたって哲学コンサルティングの魅力や実例をお届けしてきた。論理的・理性的に考え、問い、話し、聴く力を総合的に養う「哲学」。その醍醐味を味わうことができるのは、机上ではなく、人と人が出会い、様々なアイデアが行き交う「現場」だ。今回は、海外のビジネスシーンにおける興隆をお伝えしてきたが、日本でも、クロス・フィロソフィーズ株式会社が、専門的な哲学コンサルティング事業を大手企業に対して展開している。「日本経済新聞」や週刊ダイヤモンド』など、数々のメディアが哲学をテーマに特集を組み、哲学関連書籍の売上も上昇している「哲学ブーム」の現状にも鑑みると、今後、そうした企業はますます増えていくことだろう。