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【連載】哲学×ビジネスの今

第三回:海外における哲学コンサルティングの事例と成果──哲学者はビジネスでどのような役割を果たすのか?

前回は、哲学コンサルティングの一般的な内容や方法をご紹介した。今回から次回にかけては、主に海外で広がりを見せている哲学コンサルティングの事例と、その成果についてお伝えしたい。

IT企業のパイオニアApple、政治哲学者をフルタイム雇用

第一回の記事冒頭でも触れたが、米Appleでは政治哲学者のJ. コーエン氏がフルタイムで雇用され、大きな話題を呼んだ。面白いのは、アップルのようなIT企業が、優れたエンジニアだけではなく、デモクラシー論などを専門とする「政治哲学者」を雇用した点だ。

コーエン氏は「アップル・ユニバーシティ」という社内の研修機関に配属されている。彼がそこで何をしているのかは固く秘匿されているが、こうした経緯そのものが、革新的な挑戦をし続けるパイオニアとしての、アップルの野望や理念、戦略を示しているようにも思われる。世界を牽引するリーディング・カンパニーが、政治哲学的なヴィジョンを養い、その上で今後の事業展開をしていくとしたら、それは大変興味深いことだ。

技術者たちの視野を拡張する、Googleのお抱え哲学者

米GoogleにはD. ホロヴィッツという哲学者が在籍し、このことも大きな注目を集めた。彼は、認知や言語にかんする哲学を専門とする一方で、エンジニアとしての才能と技術も持ち合わせており、IT企業としての「グーグル像」に比較的重ねやすい人物だ。先のコーエン氏と同じく、ホロヴィッツ氏も、「企業内哲学者」として内部コンサルタントの役割を果たしており、社内講演などを通じて、多様な観点を自社にもたらしている。

テクノロジーというレンズを通して世界を見るだけでは、見逃してしまうことがたくさんある。言語に意味を与えるものの存在にも気づけなくなってしまう

と彼は語る。講演を聞いた人々は、ホロヴィッツ氏が繰り広げる、哲学者としての洞察に大変興味を示した。参加者の一人は、「データを超えたところに多くのものがあると知り、そのようなものが、ますます重要になりつつある。哲学的な問いは、重要なものに『なっていく』でしょうね」と語っている。

本連載で何度か紹介してきたL .マリノフ氏は、上記の事例のように、企業が「企業内哲学者(In-House Philosopher)」や「哲学主任(CPO: Chief Philosophy Officer)」を雇用することを推奨している。それは確かに、哲学とビジネスが日常的に交差する環境づくりの第一歩となるだろう。

また、仏Audencia Business Schoolのボーグリン氏は、近年の、特にシリコンバレーにおける哲学者の雇用状況に着目して、次のように述べている。「哲学者の仕事の役割は、ライフコーチや、ストラテジスト、コンサルタントの混合」だ。そして、哲学者は、「負荷の集中しがちな経営者や起業家が、日々のビジネスから一歩引いて、多様な観点を取り入れ、より広い視野で見ることを補助するための、重要な仲介役となりえる」。企業のお抱え哲学者たちは、既に様々なメリットを会社へともたらしていることだろう。

多種多様な顧客ニーズに応える、哲学コンサルタント

一方で、哲学コンサルティングを、試験的に短期間取り入れてみたいという企業も増えてきており、欧米では、多くの哲学者がそうした要望に応えて活動している。その際は、哲学の学位を持った「個人事業主」や「法人」として、企業から必要な時にその都度依頼を受けるスタイルで仕事をすることとなる。ここからは、次回の記事にもまたがって、そうした事例のいくつかを見ていきたい。

まず紹介したい哲学コンサルタントは、米サンノゼ州立大学で長年教鞭をとった哲学者、P. コーステンバウム氏だ。彼は、Institute Peter Koestenbaumを設立し、哲学コンサルティングを創成期から先駆的に行ってきた人物の一人でもある。これまでのクライアントとしては、IBMやフォード、ゼネラル・モーターズ、エレクトリック・データ、CITI BANKなどが挙げられる。こうした錚々たる大企業を顧客として、彼は特に、経営者を対象としたコンサルティング業務にあたっており、リーダーシップやマネジメントにかんする哲学的知見を提供している。

ちなみに、彼が考案した数々のメソッドや理論については、多数の著書から知ることができる。哲学コンサルティングの理論がまとまった形で書籍になっている例は、極めて少ないため、リーダーシップにかんする哲学的な洞察を求める方には、是非一読をお勧めしたい。

次に、「ストラテジー・オブ・マインド」の創始者であり、オバマ政権時代のホワイトハウスでフェローを務めたR. ステルツァー氏に着目したい。彼は、チーム・コーチングを主軸とした事業展開をしている。その詳細は明かされていないが、12週間で一セットの哲学ワークショップを行い、心理的な安全性や、チームでの探究について学ぶのだという。ワークショップを通じて、組織の保守的性質を取り払い、変化を受け入れられるよう促すことや、哲学にかんする講演を行い、それをきっかけとして組織の考え方を刷新していくことが主な事業のようだ。

本邦では、クロス・フィロソフィーズ株式会社が、数々の大企業を顧客に、哲学の思考法を活用したコンサルティングやワークショップを実施している。依頼内容は、組織開発やチームビルディング、マーケティングリサーチ、コンセプトメイキング、アイデアワークなど様々だが、思考を深めることに課題解決の糸口を求めている点は共通している。欧米のみならず、日本企業においても、ビジネスに哲学を導入する動きは加速している。

──本連載の最終回となる次の記事でも、引き続き海外における哲学コンサルティングの諸事例を紹介していきたい。